少子高齢化が進み、単身世帯が増える中、犬や猫などのペットは、人々にとってかけがえのない存在となっています。しかし、ペットの寿命は人間よりも短く、10年から20年の間に多くの飼い主が愛するペットとの別れを経験します。こうしたペットとの別れにより喪失感や悲しみを抱える「ペットロス」は深刻です。
「ペットロス」を経験した人の多くは、寂しさや喪失感をどのように埋めればよいのか分からないと悩みます。心理学的にも、ペットとの別れは、人間の家族を失った時と同様の悲しみを引き起こすことが分かっています。実際、ペットロスによるうつ症状や食欲不振、不眠などに悩まされる人も少なくありません。
そのため、亡くなったペットの思い出を形に残したいというニーズが高まり、ペットの思い出を形に残す「メモリアルグッズ」や取り組みが注目されています。例えば、ペットの写真を飾る、オリジナルのアクセサリーを作る、ペットの毛を保存する、ぬいぐるみをオーダーメイドするなど、多くの選択肢があります。
石川県金沢市に拠点を置く「刺繍Lab Yu(シシュウラボユー)」もその一つ。
独自の技術とAIを活用し、何万本もの糸を使い一針一針丁寧に刺繍を施した、愛するペットの姿を精密な刺繍で再現するアート作品「リアル刺繍アート」を販売しています。
温かみのある刺繍ならではの風合いと、最新技術を駆使したリアルな表現が融合し、ペットロスに悩む人々に新たな癒しの形を提供しています。
ペットを亡くした友人の言葉がきっかけ
飼い主の喪失感を埋める「刺繍アート」
「リアル刺繍アート」を提供するのは、「刺繍Lab Yu」の代表である中川朋之さん。
中川さんの実家は石川県金沢市でミシン専門店を営んでおり、幼少期から刺繍やミシンが身近な存在でした。当たり前のように刺繍やミシンがある環境で育ったことで、自然とその世界に親しんでいきました。2015年に金沢大学を卒業後、2019年から家庭用ミシンや刺繍ミシンの販売の仕事に従事し、刺繍ソフトの講師としても活動を開始しました。
ミシン販売の仕事を通じて、多くの刺繍作品を目にし、刺繍技術の奥深さを知る中で「もっと刺繍で出来ることはないか?」「刺繍の持つ温かみや立体感を活かした新しい表現ができないか?」と模索するようになりました。
そんな時、ペットを亡くした友人の「写真だけでは寂しさは埋められない」という言葉が心に残りました。亡くなったペットを偲ぶために写真を飾るというのはよくある光景で、写真はその時のペットの表情をリアルにそのままの形で残してくれますが、飼い主の寂しさや喪失感は埋まらない。その思いを形にする方法を探り始めました。
そこで注目したのが、写真をもとにした「刺繍アート」の技術でした。写真をただプリントするのではなく、糸を重ねることで奥行きや立体感を表現できる刺繍ならではの魅力に気づき、本格的に技術の習得に取り組むことを決意します。何層にも重なる糸のグラデーションによって、ペットの毛並みや表情の細やかなニュアンスを再現することができるこの技法は、まさに中川さんが求めていた表現方法だったそうです。
そして、2023年2月から「リアル刺繍アート」の制作を開始し、試行錯誤を重ねながら技術を磨いていきました。糸の色選びや配置、針数の調整など、細部にこだわることで、よりリアルな仕上がりを実現できることが分かり、現在のスタイルが確立されていきました。
特に、AI技術を取り入れることで、元の写真をより美しく、より細やかな刺繍アートとして生み出せるようになりました。
20色以上の糸・10万針以上を使用し、毛並みの質感までもリアルに再現
「リアル刺繍アート」の特徴は、まるで写真のように精密でありながら、刺繍ならではの温かみを持つ点にあります。
通常の刺繍では数色の糸を使い、比較的シンプルなデザインに仕上げることが一般的ですが、「リアル刺繍アート」は、20色以上の糸を何層にも重ね、グラデーションや陰影、毛並みの質感までもリアルに再現します。
制作工程は大きく2つに分かれます。
まず、刺繍ソフトを用いて写真の情報をもとに「刺繍データ」を作成します。この段階で、リアルな仕上がりを追求するために、糸の選定を丁寧に行います。例えば、茶色やベージュ系だけでも50種類以上の糸があり、その中からペットの毛色に最も近い20色以上を選択し、作品に使用します。
次に、ミシン刺繍を行います。一つの作品に10万針以上を施し、細かな色の変化や立体感を表現します。このプロセスにより、作品に命を吹き込むような奥行きとリアリティを持たせることが可能になると言います。
AI技術の活用もリアル刺繍アートの大きな特徴の一つです。
AIを用いて写真の解像度を向上させ、より鮮明な刺繍データを作成することで、写真が暗い、ぼやけている、解像度が低いといった問題があっても、美しい刺繍アートへと仕上げることができるのだそうです。
また、リアル刺繍アートはフルオーダーメイドで制作されるため、単に写真をそのまま再現するだけでなく、幼い頃の姿を刺繍にしたり、写真に映っていない部分を補完するなど、自由なリクエストに対応できます。
「うちの子」をもっと近くに──リアル刺繍アートが目指す未来
活動開始から2年間でおよそ200作品を手がけ、多くの飼い主のもとに唯一無二のメモリアルアートを届けてきた中川さん。
「箱を開けた瞬間、涙があふれました。まるでうちの子が帰ってきたようです。」
「細やかに表現された毛並みや瞳の輝き、一針一針に込められた温もりが、単なるアート作品を超え、ペットとの思い出を鮮やかに蘇らせています」
といった、リアル刺繍アートを手にした飼い主から感動の声が寄せられており、
こうした声が、中川さんの創作意欲をさらに掻き立てると言います。
現在、リアル刺繍アートは「うちの子」をもっと近くに感じてもらうことをテーマに、完全受注生産で制作を行っています。写真では表現しきれない温もりや質感を刺繍によって再現し、大切な家族であるペットとの思い出を形にすることを目指しています。
今後、「より多くの飼い主の想いに寄り添えるよう、より“うちの子らしさ”を表現できる作品づくりに取り組んでいきたい。ペットロスに悩む飼い主の心を少しでも癒せるよう、リアル刺繍アートを多くの人に知ってもらいたい」と中川さんは意気込みます。
「唯一無二」をコンセプトに掲げ、作品の良さをより多くの方に知ってもらい、ペットとの特別な絆をより深く感じてもらうために、活動の幅を広げていく予定です。
「リアル刺繍アート」を通じて、飼い主さんに寄り添い、世界にたった一つのアートを届けたい」その想いを胸に、中川さんの挑戦はこれからも続いていきます。

<「刺繍Lab Yu(シシュウラボユー)」>
2024年2月14日開業。家庭用・業務用ミシンの販売や修理、刺繍ソフトの販売・講師活動を行う中で、刺繍の持つ温かみや立体感を活かした新たな表現を追求。
「リアル刺繍アート」の商品名で、犬や猫などペットの写真をもとにしたフルオーダーメイドの刺繍作品を制作・販売。受注ごとに刺繍データを作成した後、刺繍ミシンで丁寧に制作するスタイルを採用することで、ペットごとの個性や飼い主さまの想いを細部まで反映した特別な作品を提供している。
Instagram:https://www.instagram.com/shisyuman/