石川県小松市。この地には、自然の恵みや伝統を背景に、自分らしい暮らしと仕事を紡ぐ人々がいました。安宅漁港で新鮮な魚を届ける中島睦美さん、接骨院でスモークチーズを作る百井和浩さん、築90年の町家を生かした古本カフェを営む金田奈津代さん、そして家族の笑顔を思いながらパンを焼き続ける吉野克俊さんと麻子さんのご夫婦。
それぞれの営みは決して大規模ではありませんが、丁寧に、心を込めて生み出されるものたちが、多くの人々の日々を彩っています。地元を愛し、家族や地域を大切にしながら挑戦を続ける4組の姿を通じて、「手のひらサイズ」の未来をつくるヒントを、4回に分けて、お届けします。
居酒屋の一角を改築したベーカリー｜吉野夫妻が営む「パンの朝顔」
石川県小松市八幡に、白い壁が印象的な小さなパン屋があります。その名も「パンの朝顔」。店舗面積わずか3坪という小さな空間ながら、訪れる人々を魅了するパンが並びます。このパン屋を営むのは、吉野克俊さん（39歳）と麻子さん（42歳）の夫婦。2017年のオープン以来、地域の人々に愛されています。
パン屋のきっかけは「家族の笑顔」
店名の「朝顔」は、麻子さんが子育てをしながら抱いていた願いに由来します。「忙しい朝でも、少しのゆとりと家族みんなが笑顔になれるパンを作りたい」。この思いが、朝の幸せを届けるパン屋のスタート地点でした。店名にちなんだ「朝顔」「昼顔」「夕顔」の3種類の食パンは、それぞれ香り、食感、味わいが異なり、毎日の食卓を彩ります。
パン屋を始めるきっかけとなったのは麻子さんの夫、克俊さんの後押しでした。大学時代にパン屋でのアルバイトをきっかけにパン業界に進んだ麻子さん。しかし、結婚とともに一度その道を離れます。パン作りへの情熱を抱きながらも、子育てとの両立に不安を感じていた彼女を見て、「経営は自分が担当するから、思い切り美味しいパンを作ればいい」と克俊さんが提案。さらに、「失敗しても、新車3台分くらいのチャレンジだと思えばいい」という言葉が彼女の背中を押しました。
居酒屋から生まれた「牛すじカレーパン」
実は「パンの朝顔」の店舗は、克俊さんの母親が営む居酒屋「味処あさぶ」の一部を改装したもの。1992年創業のこの居酒屋は地元で長年親しまれてきた店です。パン屋の厨房は居酒屋と共有で、嫁と姑が並んでキッチンに立つ、まさに家族の共同作業です。
そんなユニークな環境が生み出したのが、「自家製牛すじ煮込みのカレーパン」。居酒屋で人気のメニューをパンの具材にするという大胆な発想で誕生しました。本格的な牛すじ煮込みの味わいが詰まったこのカレーパンは、パン屋だけでは思いつかないユニークさが特徴。夏には小松産トマトを使った辛口バリエーション、冬にはチーズを使ったアレンジが登場し、訪れるたびに新しい味が楽しめます。
「牛すじカレーパン」は、カレーパンのコンテストで賞を受賞するなど高く評価されています。「他にはないパンを作りたい」という夫婦の思いが、このカレーパンには詰まっています。
家庭と地域をつなぐパン作り
「パンの朝顔」の魅力は、ただ美味しいだけではありません。パンを通じて地域や家庭の温かさを届けたいという夫妻の思いが感じられる点です。「だし巻き玉子のサンドイッチ」は、居酒屋で人気のだし巻き玉子を使用した一品。パンと居酒屋メニューの融合は、この店ならではの試みです。
店舗は2017年に1.5坪でスタートしましたが、2021年のコロナ禍でテイクアウト需要が高まり、3坪に拡張しました。「パンの需要が増えた時期に多くのお客様に支えられました。」と克俊さん。地域に根ざしたパン屋としての役割を果たしながら、夫妻は新しい挑戦を続けています。
家族と地域を包む3坪のパン屋
吉野夫妻のパン作りは、家庭の温かさと地域のつながりを体現しています。3坪という小さな空間から生み出されるパンは、どれも独創的で、愛情に満ちたものばかり。「パンの朝顔」は、小松市でひっそりと、しかし確かな存在感を放ちながら、これからも地域の人々に笑顔を届け続けます。
＜パンの朝顔 概要＞
住所：石川県小松市八幡癸125
TEL. 076-147-1330
営業時間/ 9:00〜18:00(無くなり次第閉店)
定休日/ 毎週日曜, 月曜 （月曜祝日の場合営業）
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