飛騨で学び、
愛媛で始めた家具は
素朴で穏やかなたたずまい

100年以上にわたり職人が伝統的な技術を受け継いできた、日本有数の家具の産地――通称・飛騨高山と呼ばれる、岐阜県高山市。
その地で木工を学び、現在は愛媛県東温市に工房を構える野中祐生さんは、飛騨の精神と技術をぞんぶんに生かしながら無垢の木で家具を製作しています。
“永く使えるもの”を目指して、まっすぐに、誠実に。
日々家具づくりに向き合う野中さんの想いをうかがいに、現場を訪ねました。

暮らしに豊かさを
もたらしてくれる
穏やかな表情の無垢の家具

野中さんのもとを訪れたのは青空がまぶしい冬晴れの日。車を郊外へ走らせ、大通りから細い道に入ってくねくねと進むと、あたりはもう山の中腹のような景色になっています。
工房は、坂道を登った小さな丘の上。到着してすぐに満面の笑顔で迎えてくれたのは奥さまの真由美さんです。
「どうぞどうぞ、こちらです」と、工房の中にあるガラス戸の向こうへ招き入れられると……思わずその眺望に、うわぁ〜と声が漏れます。さわさわ揺れる木と、重なり合うようにそびえる山。窓からずっと外を眺めていたいと思わせるような、心の洗われる風景が広がっています。
その小さな打ち合わせ室にあつらえられた円卓と椅子は場にしっくりと馴染み、まるで空気の一部のよう。椅子に腰かけると、体をふわっと優しく受け止めてくれるような安心感。おのずと、小さく息をついていました。
「幼い頃から結構、色んなことを器用にこなしてきたタイプなんです。ただ、家具の製作は本当に難しくて。失敗もたくさんしてよく怒られましたし、こんなに上手くいかないのは初めて、という感じでしたね」

鎬(しのぎ)のような削りの加工でさりげなく遊びを加えて。手で触ると絶妙な気持ちよさ。

メープルの木材で製作した立て掛け式のコートハンガー。上部はラタン素材でものを置くことができます。

3本脚でしっかりと安定させたポットスタンド。土台は上下を反転して使用できる2wayです。

工房に並ぶ道具。機械も使いながら、最後は手作業で仕上げることが多いそう。

工房の作業場から打ち合わせ室へつながるガラス戸。この木製建具の設計と製作も野中さんが手がけました。

当時を振り返りながらそう話すのは、代表の野中祐生さん。
家具づくりに魅了され、飛騨高山でその技法を習得したのち、愛媛で「木工 ノニネ」を開業。単身で飛騨へ渡ってから15年――いつかはと思い描いていた自分の工房を開くまでに腕を上げました。
「家具って、いわゆるフラッシュと呼ばれるものと、僕たちがつくってるような無垢の2つがあるんです。無垢は鉋でどこまで削っても木。フラッシュ家具は、芯材と呼ばれる木材を梯子状に組んで表面に合板などを貼り付けた、中空の板でつくられた家具のことです。構造上多くは削れないし、直線的なものが多いんです。無垢でしかつくれない曲線の美しさを生かした形が、うちらしさかなと思います」
たしかに野中さんが手がける家具を見ると、どれもやわらかい顔つきの曲線みを帯びたフォルム。決して主張は強くないのに存在感を放っていて、家具そのものが不思議なオーラをもっているようです。
では、目指しているのはどんな家具かと尋ねると、「永く使うことのできる家具です」とひと言。だからこそ奇をてらわず、普遍性を大切にしているといいます。

「年齢を重ねても無理なくインテリアに溶け込んでほしいし、ライフスタイルが変わっても違和感のないものがいいなと。でもただ普通なんじゃなくて、使ったときに『あ、やっぱりいいな』って豊かさを感じてもらえるようなポイントもほどよく組み込んでいきたいですね」

毎日欠かさない食後のコーヒータイムにはサイドテーブルが活躍。

飛騨高山で奮闘した6年間
技と感性を受け継ぎ自分の
帰る場所へ

意外にも小さい頃は図工や美術の時間が嫌いだったという野中さん。
「親戚には未だに驚かれるんですよね」と笑みを浮かべます。
スーツを着て働く自分のイメージが湧かず、大学卒業後はアジアンテイストのカフェ兼家具屋へ。そこで初めて、家具に触れる機会が訪れたそうです。
「インドネシアとかバリから仕入れた古い家具をリペアして売ってた店で。海外でひと家族、ふた家族が数十年使ったものを、今度は日本で手入れして、また何年も使って……。いったいどれだけ使うんだ?って、知ったときは衝撃でした。そんなに永く使える家具っていいな、素敵だなと思ったのが最初でしたね」
開眼した野中さんは、県内の家具屋を数軒経てから、本格的に家具職人を志し、岐阜県高山市へ渡ります。
言わずと知れた家具の産地、飛騨高山。入社したのは従業員約25人の中小規模の家具屋でした。
「器用な同期たちがどんどん新しいことをするのに、自分はずっと同じ仕事をしていたり、初めの1年半くらいはつらかったですね。家に帰って泣くこともあったし、日曜は奥飛騨の山の中の温泉で朝から夕方までぼーっとするなんてこともありました」
26歳で自ら飛び込んだ、未知の世界の厳しさ。そんな状況でも、何人もの先輩職人の背中を見ながら、ものづくりの深さを身をもって知りーーそれまでよりも強く「永く使える家具をつくれるようになりたい」と思うようになったそうです。
「すべての工程、工法に理屈があるんです。なんでここだけわずかに隙間があるの? っていう根拠が、すべてにあって。飛騨の環境や土地柄、人物、すべてに影響を受けたし、それが今の自分に繋がってますね」
見習いとして歩み出し、少しずつ着実に腕を磨いた飛騨での6年間を経て、野中さんは32歳で愛媛へ帰郷。その後、真由美さんと出会い、38歳のときに満を持して「木工 ノニネ」を立ち上げます。あえて中心部から離れた東温市を選んだのは、わざわざ足を運びたい場所だと思ってほしかったから。静かで大らかな自然に包まれているこの環境は、飛騨への想いを宿した野中さんの家具に、とてもよく似合います。
現在は、毎日製作に明け暮れる野中さんのそばで、真由美さんはフォトグラファーとして家具の写真を撮る、そんな夫婦二人三脚の生活を送っています。ご自宅では実際に家具や雑貨を使ってみているそうです。
「新しいものをつくるとき、絵が得意ではないので、図面を引くより先に試作するんです。つくってみないと分からないことはたくさんあるので。試作したやつは家で妻とああだこうだ言い合いながら使ってますね」と、目を見合わせて笑うお二人。
その暮らしぶりを想像して、自分の好きなことを生業にすると、仕事と生活の境界線が溶け合うのかもしれない――思わずそんなふうに感じました。

光沢が美しいイタヤカエデのトレイ。のせたものが滑りづらいよう天板は粗めの仕上げ。

円卓の成型途中。
余分な部分を落とし、
綺麗な円形へと仕上げていきます。

長い板に線を引いて割っていく木取りの工程の一部。
木工 ノニネでよく使うのはタモやオーク、ナラ、メープル。

アリ桟と呼ばれる木組みの工法。
「よく鍋蓋がこうなってるのを見るでしょう?
昔からあるんです」

目指すのは経年美化する家具
永く使うことができる、
その条件とは

取材中、何度も「永く使える家具」という言葉を口にした野中さん。彼にとってそれはいったいどういうものなのでしょうか――。
「特に大事にしてるのは、木取り(きどり)です。木って、同じ木でも育った環境で硬さや粗さが全然違うんです」と、そこにあったサンプルの四角い板を手に取り、「年輪のこの部分が夏なんですけど」と話しはじめます。木の断面を見て、どこがどの季節に育ったかが分かるなんてと、驚きを隠せません。
「タモの木には、年輪に沿って導管(どうかん)と呼ばれる穴が通っています。水を多く吸って大きく成長し、年輪の幅が広いところは夏。反対に幅が狭いところは冬にあたります。目の粗いところは粘りがあって丈夫なので椅子の脚など強度が必要な箇所に。目の細かいところは滑らかで反りが出にくいのでテーブルの天板や建具の部材として使用したりします。その木の特性に合わせて、家具のどこにどう使うかを考えていますね」
たとえば直径120cmの円卓をつくる場合、違和感のない木同士を貼り合わせ、締めて寄せ、1枚の板のような状態にしてから丸くカットするのだそう。今この工房にある円卓の天板も、一見、もともと大きな一枚板なのかと見間違うほど継ぎ目の分からない仕上がりです。
「木目や木の色の違いは一生残るので。テーブルの天板だとできれば同じ1本の木からとった木材で製作したいくらい。木取りはほんと大事です」
そして、木に負担のかからない工法を採り入れるのも、永く使うために大切な要素だといいます。
「スチールやネジの金物で固めると、強度は出るけど木が伸縮するときにストレスがかかるんです。レール状に彫り込んだ溝に桟(さん)を組む『アリ桟(ありざん)』や、四角の穴にそれよりちょっとだけ大きいホゾをはめ込む『ホゾ組(ほぞぐみ)』は、木の呼吸に対応しやすい工法。別にネジを使ってないこと自体は重要じゃないと思ってるんですけど。木にストレスをかけない方法であることに価値があるんです」と、野中さんは話します。
取材で訪れた日は、ちょうど円卓の注文が2台入っていたタイミングでした。その作業を見ていると、野中さんの手つきには寸分の迷いもなく、それでいて緻密。木を仕入れてから家具が完成するまでには数えきれないほどの工程があり、一人でこなすとなると膨大な作業量です。順を追ってしっかりとひとつひとつの工程を終え、ようやく出来上がる家具。その丈夫さは、表立っては分からないかもしれないけれど、野中さんのものづくりにはたしかな根拠と確信があるんだと膝を打ちます。
「家具とのつき合い方とか知識って、どんどん世の中からなくなっていっちゃってる気がするんです。年に1回ワックス塗ってケアするとか、使い方ひとつで家具は永く使えるし、美化していくと思っています。新しいものに買い換えるんじゃなくて、同じものを使い続けることの素晴らしさを知ってもらいたいし、手入れする時間がほんとは豊かで楽しいんだよってことをもっと伝えていきたいですね」
野中さんがつくっている家具は、この先、ひと世代、ふた世代と暮らしを共にし、時を経ても使い継いでいくことができるようなもの。それはきっと、どんどん輝きを増し、単なる家具にとどまらない、宝物のような存在になっていくのでしょう。

撮影:善家宏明
取材・文:宮内亜弥

Information

名称/木工 ノニネ
住所/愛媛県東温市北方1511-5
電話/090-5144-0617
営業時間/9:00〜18:00(不定休)
URL/https://www.mokkounonine.com/
SNSのアカウント名/@mokkou_no.ni.ne