2024年3月中旬、三重県が取り組む「みえガストロノミーツーリズムフェスタ」の一環として実施されたエクスカーション(交流体験型の視察見学)。
伊勢志摩方面など三重県南部を巡るルートに参加したミツケルニッポンは、古くから伝わる三重県の食の歴史や日本特有の食文化の原点、未来への挑戦を取材しました。
和食の原風景を知る「かつおの天ぱく」
海外旅行先でもつい和食店を訪れてしまうように、帰国した空港で漂う出汁の香りに懐かしさを覚える感覚。これは日本人のDNAが鰹節の旨味センサーに反応するからといいます。
教えてくれたのは、「かつおの天ぱく」代表・天白(てんぱく)幸明さん。志摩の海が一望でき、大王崎灯台を望む高台に建てられた「鰹いぶし小屋」で話を伺いました。
伊勢神宮と深い関わりがある志摩市波切地区。伊勢神宮で神様に献上する神饌の1つが、波切(なきり)地区の「鰹節」であり、これこそがこの地区のものづくりの原点となったそうです。
「かつおの天ぱく」は、国内で最も歴史のある燻製の手法「手火山(てびやま)製法」で鰹節を作り続けています。現在、この手法で鰹節を作っているところは国内で10軒もないほど希少な伝統製法です。手間がかかることと高度な技術が必要とされ、釜の上に鰹節を乗せて燻製する方法は、一度に製造出来る量も少なく、効率が良くないといいます。それでも伝統の製法を守り続ける「かつおの天ぱく」には、国内外から多くの観光客も訪れている理由がありました。
鰹節ができる工程は、大きく4つ。
① 切る。(鰹を3枚おろしに)
② 煮る。(生のままでは腐ってしまうため1時間半ほど水分を飛ばす)
③ 燻す。
ここまでで1か月。この日は、作業が休みで実際に見ることはできませんでしたが、年季の入った木箱や作業場の隅々まで心を込めて大切に管理・維持されており、伝統を守り続ける拘りを感じます。
④ 最後に、発酵。カビ付けを行っていく工程で、作業は実に5か月ほどかかるといいます。
天白さんが大切にしている言葉を教えていただきました。
それは、「御食つ国(みけつくに)鰹節」、「魚切里(なきり)」、「神人共食(しんじんきょうしょく)」の3つ。
「御食つ国鰹節」とは、神様のお食事(神饌)を献上する特別な国という意味です。また、魚(鰹)を切る里と書く「魚切里」は、現在では「波切(なきり)」という地名になりましたが、古くは、この土地の食文化をそのまま表していたといいます。
そして「神人共食」は、神様に献上した食物を人々と分け合うということ。日本人の精神性を表したこの言葉は、日本の食文化の原点で、おもてなし精神やホスピタリティを表しているとして、天白さんの最も大事にしている考えと言います。
天白さんは若い頃、軍政5年に江戸の商人によって記された鰹節の番付表を見つけたそうです。そこには天白さんのルーツである先祖の名前があり、「行司」の役職が記載されていました。その「行司」が江戸の中心で大役を務めていたことを知り、この火を消すわけにはいかないと決意し、伝統製法を守りながら今もこの地で鰹節を作り続けています。
伊賀焼の土楽で炊いた熱々のご飯に削りたての鰹節をたっぷりとのせ、天白さんが最も合うと太鼓判を押す、紀州堀河屋野村「三ツ星醤油」をひと回りかけていただきました。
生ハムのような柔らかさと旨味が凝縮された鰹節は、いうまでもなく絶品。
鰹節の優しい出汁の香りが口いっぱいに広がり、どこか懐かしさを覚えます。
世界中から著名なレストランのシェフもこの旨味を求めて訪れるといい、国内外の食通を唸らせる味に、日本人として誇らしさを覚えます。
かつおの天ぱく
住所/三重県志摩市大王町波切2545-15
電話番号/0599-72-4633
URL/https://katuobushi.com/
海女文化に触れられる「海女小屋体験施設さとうみ庵」
三重県志摩町超賀には、海女さんと交流しながら食事を楽しめる「海女小屋体験施設さとうみ庵」があります。
中央にある囲炉裏で、現役の海女さんが伊勢志摩の海で獲れた新鮮な魚介類を焼いてくれる体験型の施設。今回は、「桧(緋)扇貝(ひおうぎがい)」と海女さんのおやつ「お餅ぜんざい」、「志摩のあられ」をいただきました。
海女小屋は、漁で疲れた体を休めたり冷えた体を囲炉裏で温めたりする、海女さんにとってはなくてはならない場所。集まった海女さんたちは、その日の漁のことや、御主人の愚痴を言い合ったり、女学生のように盛り上がる、憩いの空間でもあるそうです。
若いころロサンゼルスに渡り観光海女として日本の海女の文化を伝える活動をしていた林さんは海女歴50年以上の大ベテラン。この地域の海女の平均年齢は70歳前後、25年前まではこの地域に100人ほどいた海女さんも令和6年の現在は9人まで減ってしまったそう。地球温暖化で海水温度が上昇、アワビやサザエの餌となる海藻が育ちにくくなっていることが漁に影響をあたえ、海女の仕事だけでは生活が難しくなっているのが理由といいます。
数少ない海女として生きる林さんたちは、月に3回から4回海に潜っており、交代でこの施設で海女の文化を伝えています。
お話を聞きながら、「桧扇貝」が少しずつ開いてきました。「桧扇貝」の特徴は、同じところに生息していても1つ1つの色が違うこと。赤みを帯びた貝の色から黄色っぽいものなどさまざま。また、鮮度が落ちるのが早いので地元で消費されてしまう貴重な貝です。呼び名もその地域によって異なるそうで、この地域では「あっぱ貝」「ばた貝」と呼び、四国では見た目が綺麗なことから「虹色貝」「五色貝」ともいわれるそう。
焼きたての「桧扇貝」は食べた瞬間、濃縮された磯の香りが広がり、何もつけていないのに程よい塩味が食欲をそそる味わいです。
「海女小屋体験施設さとうみ庵」から車で5分ほど、実際に使われている海女小屋も特別に見せていただきました。
伊勢志摩の海が広がり波の音が心地よく聞こえる見晴らしのいい場所。10畳ほどの小屋の中には、漁に使うスーツや道具が置かれており、命がけで漁をしてきた多くの海女さんたちの歴史の重みを感じました。
ちなみに、現在は男性の「海士(あま)」もいるそうです。
海女小屋体験施設 さとうみ庵
住所/三重県志摩市志摩町越賀2279
電話番号/0599-85-1212
URL/https://satoumian.com/
伝統文化とこれからを伝える「おわせむかい農園」
尾鷲湾を望む高台に、キャンプやバーべーキューなどができる施設「おわせむかい農園」があります。運営しているのは、尾鷲ヤードサービス株式会社の岡文彦さんと笠松千恵子さん。お2人は三田火力発電所内(尾鷲市)でメンテナンスなどを請け負っていましたが、2018年の発電所撤退に伴い、地元・尾鷲市に残る道を選ぶために、農園も飲食店の経験もないまま当農園を始めることにしました。
発電所に関わる仕事の経験があったことがきっかけで、今は完全なオフグリッド(電力会社に頼らず電力を自給自足する状態)を目指して事業展開をしています。園内を巡るカートも、太陽光発電で走らせているそうです。
今回、地元の伝統料理である、高菜の葉で包んだ「めはり寿司」、地区によって扱う魚と味付けが異なる「味ご飯」(今回は鯖の炊き込みご飯)、春が旬で脂がのったブリ、尾鷲の伝統野菜の青唐辛子「虎の尾」を使った卵焼き、園内で栽培された甘夏みかんのサラダ、お漬物などを、昼食として振舞っていただきました。
中でも病みつきになる辛さが印象的だったのは、ここ尾鷲市向井地区のみで栽培されている青唐辛子「虎の尾」。この地域では、漁師が捕ったばかりの魚を船上で食べる際に、わさびを使わずに「虎の尾」を刻んで薬味に使う習慣があるそうで、「漁師の刺身唐辛子」とも呼ばれています。
耕作放棄地になった土地を借り、多方面からの援助を受けキャンプ場を作った岡さんは「子どもたちに、日常的な遊び場として来てもらえる環境を作りたい」と話します。それは災害時にも、いつもの場所に来れば大丈夫という安心感を持ってもらいたいから。
おわせむかい農園
住所/三重県尾鷲市字向井4488-1
電話番号/ 080-9552-1155(0597-23-1230)
URL/https://www.owasemukaifarm.com/
その土地の食文化や自然、歴史に触れ、知ることは私たちの人生をより豊かにしてくれます。
ゴールデンウイークや夏休みと、今年も旅の季節が始まります。日本の素晴らしい文化の再発見と新たな感動を見つける旅の計画を立ててみませんか。