シモヤユミコの器は
土の風合いを残し
手にしっとりとなじむ

茨城県笠間市で陶芸を学び、現在は神奈川県藤沢市に工房を構える、陶芸家・シモヤユミコさん。
彼女がつくり出す作品は、ニュアンスのある白磁にしっとりとした質感の日常使いの器。
30代半ばで陶芸の道を志し、いまでは各地のギャラリーからお声がかかり、たくさんのファンを持つ彼女が、いかにして陶芸の道に入り現在に至ったかについて、じっくりと話を聞きました。

左上はシンプルな丸皿。大皿の9寸皿から小皿、豆皿までサイズがそろっている。右上と下はリムにさざなみの彫りが施された平皿。サイズは9寸から5寸までそろう。

修学旅行での陶芸体験が
忘れられず志した陶芸家の道
茨城県・笠間で学んだ4年の日々

「高校生のときに修学旅行で訪れた京都で生まれてはじめて陶芸体験をしたんです。そのときの感覚が忘れられなくて、いま、陶芸の仕事をさせてもらっているんです」
ゴトゴトゴトゴト――すぐそばを神奈川県の江ノ島電鉄、通称「江ノ電」がのどかな音を立てて走り抜け、その先には片瀬江ノ島海岸が臨む、そんな場所に陶芸家・シモヤユミコさんの工房はありました。
2軒続きの平屋づくり。お隣にも陶芸家が工房を構えているのだそう。
お盆にポットとカップをのせて出迎えてくれたシモヤさんは、温かいそば茶をふるまってくれました。琥珀色のそば茶が注がれたカップは、ニュアンスのある乳白色。ざらっとした、それでいてやわらかな質感が手にしっとりとなじみます。
カップを手で包み、そば茶をひと口。ふーっ、思わず息が漏れます。1年でもっとも厳しい寒さの1月下旬。傍らにはストーブが焚かれ、その上にのせたやかんから白い湯気が立ち上っています。
高校生のときの体験がいまにつながっているなんて、はじめてつくった作品はさぞかし完成度の高いものだったんでしょうね――そうたずねると、笑い声を立てながら返ってきた答えは意外なものでした。
「いえいえ、全然。ラーメン丼をつくったんですよ。でも、丼の深さが出せなくて、ヒビも入ってしまって、まったく使いものにならない鉢みたいになっちゃったんです。だけど、そのときの土の感触がもう忘れられなくて……」
とはいえ、いきなり陶芸家の道を志したわけではありませんでした。高校卒業後は、デザイン専門学校を経て、グラフィックデザイナーの職業に就き、雑誌や書籍などのデザインを組む仕事で毎日忙殺されていたといいます。
そんな忙しい日々の合間を縫って、趣味で陶芸教室に通いながら、ふつふつと湧き上がってきた陶芸への想い。
「もう止まらなくなっちゃって。どうやら陶芸だけで食べていっている人たちもいるらしいよ、なんて聞いたりして。じゃあ、やってみようかって」
そうして30代半ばでグラフィックデザイナーを辞め、本格的に陶芸の道に足を踏み入れたシモヤさんが門を叩いたのは、茨城県笠間市でした。
「陶芸がさかんな地域は日本全国にあるんですけど、笠間は特に県のサポートが厚くて。県外からの陶芸家志望者も広く受け入れてくれる土地だったんですよ。笠間の陶芸の指導所で1年ろくろの勉強をして、それから作家さんのところで2年修行して。そこから、釉薬の勉強をしたくて、さらに1年、釉薬だけの勉強をして」
合わせて4年ほどの年月をかけて陶芸のことをイチから学んだシモヤさんは、2012年に笠間市で陶芸家として独立しました。

笠間の土を使い、
1g単位で調合した釉薬を使う
繊細で緻密な作業から生まれた
凛とした器

白ともグレーともベージュともつかない、ニュアンスのある白。彫りがほどこされた部分は、光の加減によって青みを帯びて見えることも。
オリジナルの釉薬がかけられており、質感はマット。ざらっとしながらも、手にしっとりとなじむやわらかい手触りです。
平皿、中鉢、そばちょこにポット、それに一輪挿し。1点1点見ても素敵なのですが、さまざまな種類の器がずらりと並んでいるさまを見ると、こんな器たちに囲まれて生活したら、きっとそれは豊かな暮らしっていうんだろうなぁ――そう思わずにいられません。
シモヤさんの作品のこの色と風合いを出しているものは、何なのでしょう。
「笠間の土を使って、自分で調合した釉薬を使っているんです。2016年に神奈川県の藤沢市に移ってきましたが、土は笠間のこの土が入っていないとダメなんです。そして、笠間のこの土に合わせて釉薬を調合しているので、ほかの土にこの釉薬をかけても違う色になっちゃうんですよ」
さらに、自ら調合した釉薬にも想像をはるかに超える繊細で緻密な工程が。
「釉薬科で勉強していたときは、毎日、朝から夜まで釉薬のことだけを考えて、1g単位で調合を変えて、何度も何度もテストして、試して試して……。焼いてみないと仕上がりの色が分からないから、1gずつ調合を変えたテストピースをひたすらつくって、ひたすら焼いてを何百回も繰り返して……、それはもう気の遠くなるような作業でした」
まるでラボのようですね――と言うと、
「本当にそう! 30代半ばにして、また化学を勉強し直すんだって思いましたよ」
そう肩をすくませました。
「でも、勉強した4年間で納得できる自分だけの釉薬がつくれたので、独立してから作風はほぼ変わっていないんです」
白くて無地のシックな器。にもかかわらず、シモヤさんの器には凛とした佇まいが漂っています。これ以上足せない、これ以上引けない――そんなギリギリのところをつきつめたからこそ生まれた風合いなのだと、すとんと胸に落ちました。

ファンの多い花器はさまざまな形がラインナップ。一輪挿しは、定番の形を決めず、そのときどきでつくりたいものをつくるのだとか。水差しはフラワーベースとしてもぴったり。

普段使いしてこそ映える器
定番のものをつくり続ける理由とは

シモヤユミコさんの器は、日常の中で使ってこそ、その魅力が最大化します。
ニュアンスのある乳白色の肌には、和食、洋食、中華、どんな料理を盛ってもなじむばかりか、料理の色味をさらに引き立ててくれます。
肉料理や魚料理はもちろん、野菜をそれ単品でポンと置くだけでも、なんだかさまになってくれるのがうれしい。
「毎日、どんどん使ってください。私は、買い足せる器がつくりたい」
彫りの作業中、ふと手を止めて顔を心持ちこちらに向け、シモヤさんはそう言いました。
「毎日使ってもらって、そうして少しずつ器を増やしていってほしいですね。割れたり欠けたりしても買い足せるように、私は変わらず定番の器をつくり続けていますから」
丸い平皿はさまざまなサイズがそろっているので、主菜だけでなくパスタものせたい。小さいサイズのものは豆皿のように使いたいなぁ。
めし碗やボウルもサイズバリエーションが豊富なので、カフェオレボウルにしたり、ぜんざいを注いでみたりしても楽しそう。
湯飲み茶碗とタンブラーとそばちょこはそれぞれに用意されていますが、湯のみ茶碗に焼酎を注いでもいいし、そばちょこにアイスクリームを盛るのもまた一興。
「私はお酒が好きなので、酒器はずっとつくっているんですよ。自分が純米酒を冷やで飲みたくてつくった冷酒杯ですが、『毎日これでコーヒーを飲んでます』って言われたりすると、とてもうれしくって」
もうひとつ、シモヤさんがずっとつくり続けているものに花器があります。手のひらに収まるほどの小さな一輪挿しにはさまざまなフォルムが。水差しには、バサッと無造作に花を生けて玄関やリビングに置いたら、きっと美しいだろうなぁ。
「一輪挿しはあえて定番の形はつくらず、そのときどきで思いついた形をつくっています。花屋で売っている花じゃなくても、道端に咲いている野花をそっと差してみると、とても味わいがあっていいんですよ」
さらに、乳白色の器に表情を与えているのが、独特な彫りです。シモヤさんの彫りには「無地」「さざなみ」「面取り」「波面取り」「しのぎ」の5つのパターンがあり、シックにも、モダンにも見せてくれます。同じ彫りのものをそろえてもいいですし、どの彫りも主張しすぎないので、違う彫りのものを組み合わせて使っても素敵です。

右の二つはボウル。左は酒器として使う片口。ボウルは、スープやサラダ、カフェオレボウルなど、用途を考えるのも楽しい。大きめサイズのものは、小丼としても。

そばちょこは湯飲み茶碗やデザートカップとして使っても素敵。彫りのパターンは左から「しのぎ」「面取り」「波面取り」「無地」「さざなみ」の5種。

年間800~1000点もの作品を
生み出し続ける
工房での作品づくりに密着

取材にうかがった日は、出荷を翌週末に控えた作品の本焼きの日。
工房の庭に設置された2台の窯。そのうちの1台にシモヤさんが次々と釉薬をほどこした作品を詰めていきます。
「今回は、昨年個展をやらせていただいたギャラリーから『常設で作品を置きたい』というお話をいただいたので、そのための作品づくりです。いつもは基本的に個展のスケジュールがまずあって、そこに向けて作品をつくっていきます」

シモヤユミコさんの1年間の大まかなスケジュールはこうです。
300点ほどの作品を出展する大きめの個展が年に1回。それ以外に、100~150点ほどの作品を出展する中くらいの個展が年に2回。その合間に50点ほどの作品を出展する企画展やグループ展などがあります。そして、陶器市に出展するための作品づくりが年に2回。
年間で大小合わせて7~8回ほどの展示があり、800~1000点ほどの作品をつくり続けているのだといいます。
「このペースがギリギリまわせるかんじですね。私、集中しちゃうとどんどん入り込んでしまって、延々と作業に没頭してしまうので、いまは、『土日は休む』『1日8時間』と決めてやっています。一度、時間を忘れて彫りの作業をやり続けて腱鞘炎になってしまって、しばらく作業ができないということがあったので……」
窯詰めをしながら、シモヤさんは苦笑する。
釉薬の調合しかり、物事をとことん突きつめてしまうのがシモヤさんの性質(たち)のようです。

一人で黙々と作業に没頭する
ストイックさが作品に反映

続いて見せてくれたのは、土の練り作業。練った土の様子が菊の花のように見えることから「菊練り」と呼びます。
「私の土は、笠間の土をブレンドしたものなんですよ。そろそろストックがなくなるから、また調達しに行かなきゃ」
練り上がった土は、電動ろくろで成型。陶芸といえば、回転するろくろの上にのせた土を手で成型するこの風景をイメージする人も多いのではないでしょうか。
シモヤさんの前には先ほど菊練りした土が置かれています。ろくろをまわし手を添えると、ぐにゃりと土が変形。みるみる形を変えていき、めし碗らしきものが姿を現しました。流れるような美しい動作は、ずっと見ていたくなるような光景です。
形が決まると、乾燥させて、高台(こうだい)を削り出します。高台とは、器の底の台の部分のこと。高台があることで、テーブルの上で安定し、また、熱いものを入れても手で持つことができます。
「土が削れていく様子って、見ていて気持ちいいですよね」
毎日なにげなく使っている器の細部のひとつひとつに意味があり、それをつくり出すには熟練の技術が必要であることに、あらためてはっとします。
高台の削り出しが終わったら、彫りの作業に入ります。この彫りこそが、シモヤさんの器の印象を決定づける重要な工程。
「彫りが本当に大好きで。さっきも少しお話ししましたけど、どんどん没頭していっちゃうんです。こうして1日中、誰とも話さずに黙々と作業してるんですよねぇ」
鮮やかな手つきで器に刀を入れていきます。
「さ、彫りはこれでおしまい。あとは乾燥させて素焼きを待ちます」
2022年に、陶芸家として独立して10周年を迎えたというシモヤさん。最初は「ダメだったらグラフィックデザイナーに戻ればいいや」という思いも忍ばせながら陶芸の世界に飛び込んだ彼女は、11年目に突入した今日も、一人で黙々と器をつくり出しています。その真摯に土と向き合う姿勢は、ほっこりと温かみを感じながらもストイックな表情を持ち併せる作品に表れ、多くの人を魅了しているのだと感じました。

本焼きのための窯詰め。1250℃で17時間以上焼く。

シモヤユミコさん。陶芸家として独立した際にいちばん最初につくったのが、手にしているサイズのボウルだったという。

菊練り。体重をのせてリズミカルに練っていくと、土が菊の花びらのようなドレープを形づくる。

ろくろでの成形。写真はめし碗をつくっているところ。

シモヤさんの作品の最大の特徴である彫りの作業では、「面取り」というパターンの彫りを見せてくれた。

街全体がイベント会場に
栃木県益子町の

陶器市「益子陶器市」

晩秋のよく晴れわたった青空のなか、車を走らせ、一路北上。首都高に乗り、東北自動車道を経て、北関東自動車道へ。目指す地は、栃木県益子町。関東圏とはいっても、冬は乾燥したからっ風が吹くことでも有名な栃木県。北上するにしたがい、空気がきーんと張りつめていくのが車内からも感じられます。
栃木県の益子町では、年に2回、陶器市が開催されます。
1966年(昭和41年)から始まったこの陶器市は、春はゴールデンウィークのタイミングに、秋は11月上旬に行われており、新型コロナウイルス感染拡大前は30万人以上もの来場者があった大きな陶器市です。
今回の目的は、陶芸家・シモヤユミコさんも出店した、2022年11月3日~7日に開催された秋の「益子陶器市」。
期間中は、益子駅から益子参考館に伸びる城内坂通りと里山通りに市が立ち、街全体が陶器市の会場となります。道の両側には多くの陶芸店が立ち並び、たくさんのテントが立てられ、お店ごとに特徴のある陶器がところ狭しと並んでいます。
毎年の開催を楽しみにしている県内在住の老夫婦、屋台グルメが目的の若いファミリー、そして県外からやってきた陶器愛好者……さまざまな人が行き交い、思い思いに商品を物色。「この鉢には何を入れるといいの?」「5枚買うから、ちょっとおまけしてよ」出店者とお客のそんなやりとりも陶器市の醍醐味です。

「益子陶器市」の「かまぐれの丘」に出店したシモヤユミコさんのブース。

「無地」「さざなみ」「面取り」「波面取り」「しのぎ」という5つの彫りパターンが施されたブローチ。

器との出会い、人との出会い、
新しい出会いが待っている陶器市の楽しみ

目指す先は、シモヤさんが出店する「かまぐれの丘」。城内坂通りの中ほどにある少し小高い丘が会場で、ここには作家だけが集められています。そのため、どのブースにも特徴があり、個性豊かです。
人込みをかき分け、シモヤさんのブースにたどり着き、さっそく展示された作品を拝見。5日間の開催期間の3日目だったこともあり、
「初日と2日目でけっこう売れてしまって……」
シモヤさんはそう言って首をすくめます。
普段はギャラリーで目にしたり、自宅のキッチンやダイニングで目にするなじみのあるシモヤさんの器ですが、青空の下で作品を見るのははじめてのことだったので、太陽の光を浴びてやや黄味を帯びた器は、いつもとはまた違った新鮮な味わいが感じられます。いつもなら皿や鉢といった実用品に目がいくのがつね。でも今日は、ころんと丸い形をしたブローチや、そら豆型の箸置きなどについつい手が伸びます。これが旅情というものなのかな……そうひとりごちて思わず含み笑い。
陶器市の楽しみは、出会いの楽しみです。
器との出会いもそうです。普段は接することのない陶芸家や窯元との出会いも、きっとそう。
そんな出会いを通じて、自分ですらも知らなかった自分の好みや趣向に気づくこともあります。それも、まだ知らなかった自分との出会いといえるのではないでしょうか。
毎日使う実用品であるからこそ、日々の暮らしをほんの少し豊かにしてくれる素敵な器との出会いを見つけに行きませんか?

撮影:コバヤシ

約400軒もの窯元があるといわれる益子町を中心に、さまざまな窯元・陶芸家の作品が並ぶさまは圧巻。左下は、益子焼最大のショッピングギャラリー「益子焼窯元共販センター」のシンボルで、体長10mもの巨大たぬきの置き物。その名を「益子ポン太」というのだとか。

Information

名  称/シモヤユミコ
インスタグラム/@yumiko_shimoya